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1・それでも私は直筆が好き Page5

last update Dernière mise à jour: 2025-03-03 12:32:59

「……? 先生、どうかしました?」 

 私の視線に気づいたらしい原口さんが、不思議そうに(たず)ねてきた。

「えっ? あ……、えっと……」

 答えに()まった私は、咄嗟(とっさ)に不自然ではないような言い(わけ)を考えた。

「この原稿、今後改稿の必要とかは……?」

 取ってつけたような言い訳だけれど。仕事に関することなら無難(ぶなん)だろう。

「多分、ないと思いますよ。校閲(こうえつ)部の人はどう言うか分かりませんが、先生の書かれる文章はいつもキッチリされてますから」

「そうですか! よかった」

 私の過去作はどれも(といっても三作だけだけれど)、一度の改稿も言い渡されることなく出版されている。だからきっと、今回も大丈夫だ。原口さんが「大丈夫だ」って言ってくれたんだから。

「――さて、パソコン談義(だんぎ)はまたの機会にするとして。原稿は頂いたので、僕はこれで失礼しますね」

 原口さんの仕事は、担当作家から原稿を受け取って終わりではない。一冊の本が刊行(かんこう)されるまでには、まだいくつものプロセスがあるのだそう。――編集者って大変な仕事だ。

「はい、ご苦労さまでした。すみません、お茶も出さなくて」

「いえ、気にしないで下さい。先生はお疲れでしょうし、僕も期待(きたい)してませんから」

 最後に(エス)発言を残し、原口さんは洛陽社の〈ガーネット文庫〉の編集部へと帰っていった。

 玄関先で彼を見送ると、私は何だかホッとしたような、ちょっとむなしような気持ちになり、はぁーっと大きなため息をついた。

 ……あれ? 私の中で何かが引っかかる。彼のイヤミ攻撃から解放されて、ホッとするのは分かるけど、むなしくなるのはどうして? まさか……。ウソでしょ!?

「私、原口さんのことが気になってるの……?」

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    「琴音先生、人の感情って厄介(やっかい)ですよね」「えっ? どうして?」「苦手な人が急に気になり始めたり、そうかと思えば昨日まで好きだった人が急に嫌(きら)いになったり……。何ていうか、〝苦手・嫌い〟と〝好き〟の二つにハッキリ線引きっていうか、割り切れたらラクなのになあ、って」 この世の中で、移(うつ)ろいやすい人の感情ほど面倒(めんどう)なものはないと思う。もしも人の感情がキッチリ線引きできるなら、誰も悩んだり苦しんだりしなくて済(す)むのにな……。「そしたら私も、こんなに悩むことなかったのになあ、って。――あれ? 私何かヘンなこと言ってますか?」 私の話を聞き終わらないうちに、琴音先生が笑い出した。でも全然バカにしたような笑い方じゃなくて、楽しいことを発見した時みたいな笑い方、といえばいいのか――。「ううん、別に。いやあ、ナミちゃんって面白(おもしろ)いこと考えるんだねー」「……へっ?」「そりゃあ、何でも白黒(シロクロ)ハッキリ割り切れたら誰も悩まないよね。その方が気がラクだしさ。――でも、割り切れないから人って面白いんじゃないかな?」「はあ、なるほど……」 琴音先生の言うことは、実に深い。私と同じ小説家だけど、七年という人生経験の差はダテじゃないなと思う。私にはこんな考え方はできなかったから。「ねえナミちゃん。原口クンを好きになったこと、後悔(こうかい)してる?」「いいえ! 後悔なんて絶対にしません!」 私は強くかぶりを振る。それを見て、琴音先生は安心したように微笑(ほほえ)んだ。「そういうこと。ナミちゃんだって、厄介な感情があるから原口クンに惹かれたけど、それで後悔してないワケでしょ? だから人間は面白いんだと思うな」「はあ……」 琴音先生が言ったことは、私にとっては目からウロコだった。何だか心にかかっていたモヤが晴れてきた気がして、私はまだほとんど減(へ)っていなかったアイスラテを一気に半分くらいすする。 ――ところで、私には気になっていることがもう一つあった。「そういえば、根本(こんぽん)的な質問なんですけど。原口さんって独身なんですか? お付き合いしてる人は?」 琴音先生に訊くのは筋(すじ)違いかもしれない。でも、直接本人に訊ねる勇気があったら、私はこうして琴音先生に相談に乗ってもらう必要なんてないわけで。「独

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  • シャープペンシルより愛をこめて。   2・恋かもしれない……。 Page8

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    「そうだったんですか。――はい、どうぞ」 お盆から氷を浮かべた麦茶のグラスをローテーブルの上に置いていると、彼は大げさに包帯の巻かれた私の左手をじっと見ていた.「恐れ入ります。――その左手、大丈夫ですか?」 「あ、はい。ただの切り傷で、大したことないんです。利き手じゃないから、シャーペン持つのにも差し支(つか)えないですし」 今西クンの時と同じように、カラ元気を発揮して明るく答える。でも、これは却って逆効果だったらしい。「先生、それって本心じゃないでしょう? 僕にまで強がってどうするんですか」「…………はい。ホントはすごく怖かったし、今でもズキズキ痛みます。自分でも何て無茶したんだろうって後悔してます。……でも……っ」 どうしてだろう? ただ本音で話しているだけなのに、この人の前で涙が零れてくるのは。「私はただ、本を愛する者として、本を書く側の人間として、どうしても許せなくて……。だから……つい、体が勝手に動いちゃって……っ。ひとりになって初めて、『怖い』って思ったんです。私……っ、そんなに強い人間じゃないですから……っ」 しゃくり上げながら話す私に、原口さんは優しく「分かりますよ」と頷いてくれた。「店長さんからの伝言を預かってきました。先生は明日、診断書を提出してからしばらくバイトはお休みするように、と」「え……? いえ、そういうわけにはいきませんよ!」 彼の口から飛び出した店長からの伝言に、私の涙は引っ込んだ。こんなことでバイトを休むなんて公私混同だ。たとえ傷を負っていたとしても、お客様に私の事情は関係ないのだから。「そのケガでは仕事にも支障が出るし、何よりお客様にも心配をおかけしてしまうから、と。『接客業だということを忘れてもらっては困る』、だそうです」「…………そう、ですか。店長命令なら仕方ないですね。分かりました」 私は渋々頷いた。店長が原口さんに伝言を頼んだということは、私を通じて二人の間にはそれだけの信頼関係ができているということだ。私はその信頼関係を、自分から壊そうとしているのに……。「……ねえ、原口さん。私がもし、『今の原稿から降りたい』って言ったら幻滅(げんめつ)しちゃいますか?」「…………え?」 私にしては珍しいネガティブ発言に、原口さんは虚(きょ)を突かれたように目を瞠った。「理由は訊かないで下さい。私

  • シャープペンシルより愛をこめて。   8・書けない…… Page6

    「ゴメンね、今西クン。気持ちはありがたいけど、私が寄り掛かりたいのはキミじゃないの。……好きな人がいるから」『……そう、なんすか。分かりました! オレは全っ然ショック受けてないっすから! 大丈夫っすからね!』 彼が強がるのを聞いて、何だか余計に申し訳なくなってしまう。「ホントにゴメンなさい」『先パイ、もういいっすよ。これからも、バイト仲間としてよろしくお願いします。じゃあまた』 電話が切れた後、私は新たな罪悪感を抱え込んでしまった。でも、今西クンはきっと大丈夫だ。私より若いし、大学生は忙しいからいつまでもウジウジ悩んでなんかいられないだろう。そのうちきっと忘れるよね。 ――というわけで、私は読書を再開した。そして、じっくり読んでみて気づいた。書き手なら誰しもが経験するであろう〝産(う)みの苦しみ〟という代物(しろもの)に。 悩んでいるのは私だけじゃないんだと思うと、少しは書けそうな気がしてきた。「とりあえず、ちょっとだけ書いてみよ」 改めて原稿用紙に向き合い、シャーペンを握った。利(き)き手は右なので、左手の傷は書くことに何の

  • シャープペンシルより愛をこめて。   8・書けない…… Page5

    「…………あたし、一体何のために書いてるんだろ……? もう分かんない……」 気がつくと、私は大粒の涙をこぼして泣いていた。書けない作家はもう、誰からも必要とされなくなるんじゃないか。原口さんからも……。   * * * * ――私は思いっきり泣いたところで、この問題の根本的な原因について考えを巡らせた。 一つ目は、二年前に原口さんと琴音先生との仲を引き裂いてしまったのは自分だと、勝手に罪悪感を抱いてしまっていること。 二つ目は、この原稿を「書かなきゃ」と強迫観念のように思いつめていること。 一つ目については、原口さんとキチンと話せば解決するのだろうか? なので、まずは二つ目の原因の解決策について考える。 とりあえず「書かなきゃ」と自分を追い込むのはしばらくやめて、自然と「書きたい」と思えるようになるまで別のことで気を紛らわせよう。 ――ということで、本を読んだり(原口さんがくれたエッセイ本だ)、スマホのアプリでゲームをしたり、TVを観たり。そうしているうちにお腹が空いてきたけれど、夕飯を食べる気にもなれず、またエッセイ本を読もうとしていると――。 ――♪ ♪ ♪ …… 机の上に放置していたスマホに電話が。発信者は……えっ、今西クン!?『もしもし、先パイ。オレです』 通話ボタンをタップすると、まるで〝オレオレ詐欺(さぎ)

  • シャープペンシルより愛をこめて。   8・書けない…… Page4

    「先パイ! だ……っ、大丈夫っすか!?」 今西クンが血相を変えている。 それもそのはず。ただの切り傷だし大(たい)したことないと侮(あなど)っていたら、傷は思った以上に深いらしく、ティッシュで押さえていてもなかなか出血は止まってくれない。「大丈夫だよ、これくらい」 それでも強がっていると、今西クンに叱られた。「大丈夫じゃないでしょ、それ! こいつらはオレに任せて、先パイは店長呼んできて下さい! あと、その傷、ちゃんと手当てしないと。先パイ、もう上がりでしょ? 帰りにちゃんと病院に行って下さいね」「う、うん。分かった」 私が素直に従ったのは、彼の剣幕(けんまく)に怯んだからじゃない。彼の怒った顔がどことなく原口さんに似ていて、まるで原口さんに叱られているような気持ちになったから。「……ありがと、ゴメンね。じゃあ、あとお願い」 私は休憩室へ行く途中で店長をつかまえ、万引き未遂があったことを報告。店長は私の左手の傷を見て事情を察してくれ、病院で診断書をもらってくるように私に言った。 私はとりあえず、止血と簡単な応急手当てをしてから帰ることにした。救急箱から消毒液と脱脂綿・絆創膏(ばんそうこう)を取り出し、傷口を水洗いしてから消毒。出血が止まったのを確認して、大きめサイズの絆創膏を貼り付ける。 まだ出血は止まっていないようで、薄っすら血は滲んでいるけれど、あとは病院でしっかり処置してもらうことにしてお店の通用口を出た。 総合病院の外科で「万引き未遂の犯人からカッターナイフを取り上げようとして切られた」と事情を説明して傷を処置してもらい、痛み止めの薬を出してもらい、診断書も書いてもらってからマンションに帰り着いた。診断書代の三千円はなかなかに痛い出費だったけれど、店長は必要経費として精算すると言ってくれた。「…………はぁ~、怖かった……」 自宅で一人になって初めて、私は自分のしたことが「怖い」と感じた。どうしてあんな無茶をしたのか、自分でも信じられない。 ああいう時は自分で何とかしようとせずに、店長か今西クンを呼べばよかったのに。大きな悩みを抱えているせいで冷静な判断ができなくなっていたのだ。 でも一人の作家として、本を愛するものとして、あの行為はどうしても許せなかったから自然と体が動いてしまった。その結果がこのケガだ。 最近は紙の書籍が売

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